(有)竹ヤ装建
今まで生きてきた苦難苦闘、そして今生きている自伝を記載する所存です。 その生命力が、誰かの参考になれば最高の喜びです。
2009/07/04
2009/05/19
2008/05/20
マイナスイオン
マイナスイオンは良いと言うのは解っていても、詳しく知らないと言う方が
ほとんどだと思います。私もその一人です。
「マイナスイオン」検索してみたら、
詳しく・解りやすく説明してくれているページを見つけました。
「マイナスイオン ドットコム」 マイナスイオン研究の第一人者
堀口昇先生がアメリカ大統領より表彰された記事がのっていました。
わが社にもありました、堀口昇先生の本(マイナスイオンでよみがえる健康)
他マイナスイオンに関する本などあります。
ぜひ当社のマイナスイオンの部屋に来て
マイナスイオンに関する本など読みながらリラックスされてはどうですか。
マイナスイオンのパワー実感してみてください。
本の貸し出しもしております、お気軽にお問い合わせください。
お問い合わせ
2007/08/10
念願の事業部発足
“絆:KIZNAハウス”発足いたしました。
自然素材を活かしたICAS工法の(マイナスイオンの住環境)
桧の家が完成出来ました。
炭・液状活性触媒炭・防蟻防腐液状活性触媒炭・羊毛断熱材・ICAS工法
を用いた健康増進住宅。
家族みんなの健康と笑顔は、かけがえのない喜びです。
ICAS工法について
2007/06/29
中国研修旅行
いろいろな意味で上海・北京の持つエネルギーに驚かされた日々でした。
大都市の上海!交差点を渡るには命懸けでした。
よく上海の景色を写真で見ると、背の高いテレビ塔などが映されていますが、
まさしくその場所が外灘(ワイタン)。
対岸からの夜景を見に行きましたが、近代的な上海の風景に驚かされます。
欧米様式の石造建築物が道に沿って隙間なく建てられていました。
中国の首都北京、高度成長が続き、ビルの建設ラッシュ真っ最中!
2008年8月8日は北京オリンピック開会ですよね。
上海の世紀広場では、早くもオリンピックのイベントで盛り上げているとの事です。
天壇は現存する中国最大の祭祀建築物で、
皇帝が天に五穀豊穣を祈願するために作られたそうです。
すべてをまるく作られた祈年殿は最も有名で、梁や釘が使われずすべて木の柱だけでできています。 天壇公園は市民の憩いの場所で演奏している人、ゲームを楽しんでいる人などくつろいだ風景を見ることができました。
万里の頂上は、中国の距離の単位「里」(り。1里=0.5キロ)で数えると、1万里を越えることから万里の長城と名づけられたそうです。
私たちは、一番有名な八達嶺に登りました。(5里位?)
壮大な非現実的な体験の4日間でありました。
2007/05/10
スタッフ募集中
竹ヤ装建では、将来を見据え、保証できる満足リフォームを、
より多くの皆様にご提供できるよう、強力メンバーを募集しています。
募集内容
●現場監督
一級、二級建築士の資格保持されている方
●インテリアコーディネーター
女性の方は勤務時間等、面談の上相談に応じます。
いずれも、年齢25歳~35歳、通勤できる方、ご応募お待ちしております。
http://www.t-takeya.co.jp/cgi-bin/takeya/siteup.cgi?category=1&page=3
三重県伊勢市常磐2-3-18 (有)竹ヤ装建 TEL 0120-126-119
2007/03/26
小学六年の時、私に病魔が突然襲った
私が小学五年の時に担任して頂いた先生は、
教師一年目の園部仁朗先生でした。
凄く美男子で照れ屋の先生でした。
ある時「卓球を教えてやる」と声を掛けられたのがキッカケで
病み付きに成り、 見る見るうちに上達しました。
大人にも勝つようになり、
嬉しさも手伝って少しでも時間が有ると卓球ばかりしていました。
六年生の後半の時、相変わらず放課後卓球をしていたところ、
少し右足が痛くなり我慢をしながら続けていたら、
今度は風邪でも引いたような寒気が襲ってきたので、
足を引き摺る様にうちに帰り、
夕刻母に相談しましたが、
「使い過ぎだろう、明日には治るだろうから辛抱しろ」でした。
処が一向に痛みは取れず日増しに足が腫れてきたので病院に行ったところ
「此れは大変だ《骨髄炎》だ、場合によっては右足首から切断も辞さない」との診断で、
即入院でした。
先ず薬で治療していましたが、
一向に腫れが引かない状態の時見舞いに来て頂いたおばさんが
良い湿布方法を教えてくれました。
「里芋をおろし黒砂糖と混ぜガーゼにぬり患部を湿布すると良い」
との事で、 母が即やってくれたところ、
見る見る間に効果があり、約一ヶ月で退院できました。
後は自宅療養で良いとの事。
そうこうしている間に中学に入学し、春の運動会の事です。
クラスの中でマラソンに出る生徒が不足していたので先生から声が掛かり、
少し自身も有りましたので即OKしましたが、
退院して間のないのに駄目だと母は猛反対でした。
ですが「一旦了解したのに断ることは出来ない」と言い切り、
出場した結果優勝しました。
小学校時代に新聞配達してきたお蔭でした。
其れと足の切断の必要がなくラッキーでした。




